【全3回シリーズ第1回】
人手不足に悩む中小企業にとって、外国人労働者の確保は重要な経営課題となっています。しかし、「日本で働きたい外国人はたくさんいるはず」という思い込みは危険です。実際には、世界各国が優秀な外国人労働者を自国に呼び込もうと激しい競争を繰り広げており、日本も決して有利な立場にあるとは言えません。
給与水準、為替変動、生活環境など、様々な要因が複雑に絡み合う国際人材争奪戦の現実を、具体的なデータと事例で解き明かします。
なぜ今、外国人留学生なのか?
外国で働くことを検討している労働者にとって、働く国の選択は人生を左右する重要な決断です。給与、生活環境、将来性、家族への仕送り効果など、様々な要素を総合的に判断して就労先を決めています。
日本の中小企業が外国人労働者の採用を検討する際、他の先進国との厳しい競争にさらされているのが現実です。
外国人労働者から見た「日本」の魅力と課題
日本の強み:治安と文化的魅力
外国人労働者が日本を選ぶ理由として、まず挙げられるのが「治安の良さ」です。東南アジアや南アジア出身の労働者にとって、夜中でも一人で歩ける安全性は大きな魅力となっています。
ベトナム出身のGさん(28歳)は、技能実習生として来日後、特定技能ビザで滞在を延長した経験を持ちます。「母国では夜の外出は危険でしたが、日本では深夜でも安心して帰宅できます。家族への仕送りのためのお金を安全に貯金できることも重要でした」と語ります。
また、日本の「おもてなし文化」や「技術力の高さ」も魅力の一つです。製造業で働くフィリピン出身のMさん(24歳)は、「日本の工場で学んだ品質管理の技術は、将来母国で起業する際にも活かせる貴重な財産になる」と話しています。
日本の課題:言語の壁と給与水準
一方で、日本特有の課題も存在します。最も大きな障壁となるのが「言語の壁」です。英語が通じにくい職場環境は、特に高学歴の外国人労働者にとって大きなデメリットとなっています。
近年、アジア各国の大学では英語で授業を行うプログラムが急速に普及しており、卒業生はそのまま英語圏への就職を選択するケースが増えています。新たに日本語を習得する必要がある日本は、こうした優秀な人材から選択されにくい状況に置かれています。
給与水準の国際比較 – 数字で見る現実
製造業の時給比較(2025年調査)
外国人労働者の多くが従事する製造業の時給を国際比較すると、日本の相対的な立ち位置が見えてきます。
先進国の製造業平均時給(円換算)
- ドイツ:約2,200円
- オーストラリア:約1,950円
- カナダ:約1,800円
- 日本:約1,200円
- 韓国:約1,100円
仕送り効果で見る日本の優位性
外国人労働者の多くは、家族への仕送りを主目的として出稼ぎに来ています。この「仕送り効果」で比較すると、日本の魅力が際立ちます。
ベトナム人労働者の月収25万円の場合(生活費15万円を差し引いた仕送り可能額10万円)
母国ベトナムでの価値
- 日本からの仕送り10万円 → ベトナムでの価値約40万円相当
- オーストラリアからの仕送り12万円 → ベトナムでの価値約25万円相当
為替レートと物価水準の関係により、日本からの仕送りは母国での購買力が高く、結果的に他国で働くよりも家族により多くの恩恵をもたらすことができます。
為替変動が生む機会と危機
円安が生む複雑な影響
近年の円安傾向は、外国人労働者の日本選択に複雑な影響を与えています。
2022年にネパールから技能実習生として来日したRさん(23歳)のケースを見てみましょう。来日時の為替レート(1ドル=120円)と現在(1ドル=150円)では、同じ25万円の月収でも母国送金への影響が大きく異なります。
為替変動の影響
- 2022年来日時:月収25万円 → 約2,080ドル相当
- 2025年現在:月収25万円 → 約1,667ドル相当
この約20%の目減りは、家族への仕送りを主目的とする労働者にとって深刻な問題となっています。一方で、日本企業にとっては外国人労働者の採用コストが相対的に安くなっているとも言えます。
韓国・台湾との競争激化
特に深刻なのが、地理的・文化的に近い韓国や台湾との競争です。これらの国々は積極的な外国人労働者受け入れ政策を展開しており、日本の優位性を脅かしています。
韓国の魅力
- K-POPやドラマによる文化的親近感
- 比較的学習しやすいハングル文字
- 日本より高い最低賃金(時給約1,100円 vs 日本の全国平均930円)
台湾の魅力
- 温暖な気候と親日的な国民性
- 中国語話者にとっての言語的優位性
- 手厚い外国人労働者保護制度
フィリピン出身の介護士、Jさん(29歳)は、「最初は日本を希望していましたが、友人から台湾の方が給与が良く、英語も通じやすいと聞き、台湾を選びました」と語ります。
新興国からの視点 – 多様化する選択肢
東南アジア諸国の経済発展
従来、外国人労働者の主要な供給源だった東南アジア諸国の経済発展により、日本への労働者派遣の構造が変化しています。
ベトナムの経済状況変化
- 2015年:平均月収約2万円 → 2024年:平均月収約4万円
- 製造業の月収:約3万円 → 約6万円
この経済成長により、日本で働く相対的メリットが減少し、高いスキルを持つ労働者ほど母国での就職を選ぶ傾向が強まっています。
インドネシア・フィリピンの戦略的選択
一方で、インドネシアやフィリピンは戦略的に労働者派遣先を多様化しています。
インドネシア政府の戦略
- 中東諸国(UAE、サウジアラビア)への派遣強化
- オーストラリア、ニュージーランドとの労働協定締結
- 日本依存からの脱却政策
インドネシア労働省の統計によると、2023年の海外派遣労働者のうち、日本向けは全体の15%にとどまり、中東諸国向けが40%を占めるまでになっています。
欧米先進国の本格参戦
ドイツの積極策
労働力不足に悩むドイツは、2023年から「熟練労働者移民法」を施行し、外国人労働者の受け入れを大幅に拡大しています。
ドイツの魅力的な条件
- 入国前の言語要件を緩和(A2レベルのドイツ語で可)
- 家族帯同の早期許可
- 永住権取得までの期間短縮(5年→3年)
- 高い社会保障水準
カナダの「エクスプレス・エントリー」制度
カナダの移民制度は、外国人労働者にとって極めて魅力的な選択肢となっています。
カナダ制度の特徴
- 職歴、学歴、言語能力をポイント化
- 高得点者には永住権を直接付与
- 家族全員での移住が可能
- 充実した社会保障制度
ネパール出身で情報技術者のPさん(31歳)は、「日本の技術は学びたかったのですが、将来の永住可能性を考えてカナダを選択しました。家族と一緒に住めることが決め手でした」と説明します。
現在の外国人労働者の動向
日本に来る外国人労働者の変化
2024年現在、日本に入ってくる外国人労働者の構成は大きく変化しています。
国籍別構成の変化(2024年10月統計)
- ベトナム:57万人(24.8%)
- 中国:40.9万人(17.8%)
- フィリピン:24.6万人(10.7%)
- ブラジル:13.7万人(5.9%)
- ネパール:14.3万人(6.2%)
特徴的な傾向
- 外国人労働者総数:230万人(前年比12.4%増)
- 高学歴者の増加が継続
- 特定技能ビザでの滞在者が大幅増加(49.4%増)
新たな供給源の台頭
従来の主要供給国以外からの労働者も増加しています。
注目される新興供給国
- ミャンマー:前年比+15.2%
- バングラデシュ:前年比+12.8%
- スリランカ:前年比+8.9%
- パキスタン:前年比+6.3%
これらの国々からの労働者は、相対的に日本への憧れが強く、技能習得への意欲も高いという特徴があります。
中小企業への示唆
競争環境の認識
中小企業が外国人労働者の採用を成功させるためには、まず国際的な競争環境にあることを認識する必要があります。「日本で働けるだけで感謝されるはず」という考えは、もはや通用しません。
差別化戦略の必要性
他国との競争に勝つためには、明確な差別化戦略が必要です。
成功企業の差別化例
- 技術習得機会の提供
- キャリアアップ支援
- 家族との連絡支援
- 宗教的配慮
- 母国語サポート
長野県のA社では、外国人技能実習生に対して、業務時間内に1時間の日本語学習時間を設け、さらに技能検定の受験費用を全額負担することで、他社との差別化を図っています。結果として、実習期間終了後も特定技能ビザで継続雇用する外国人労働者が80%を超えています。
まとめ – 変化する国際環境への対応
外国人労働者を巡る国際競争は、今後さらに激化することが予想されます。日本の中小企業が持続的に外国人労働者を確保するためには、単なる「労働力」としてではなく、「共に成長するパートナー」として迎え入れる姿勢が不可欠です。
次回は、この国際競争に加えて、日本国内でも繰り広げられている地域間の人材獲得競争について詳しく見ていきます。最低賃金の地域差や生活環境の違いが、外国人労働者の選択にどのような影響を与えているのか、具体的な事例とともに解説いたします。
事例、人物や企業等の設定はフィクションです。