【全3回シリーズ第2回】
国際競争に勝ち抜いて日本を選んでくれた外国人労働者でも、国内では「東京か地方か」という新たな選択を迫られます。最低賃金の地域格差は月収で4万円以上の差を生み、外国人コミュニティの有無や娯楽施設の充実度も働く場所の決定に大きく影響します。技能実習制度の転職制限緩和により、この地域間競争はさらに激化することが予想されます。地方の中小企業が首都圏に対抗するための戦略とは何か、長野県長野市・新潟県上越市の例を紹介します。
はじめに – 見過ごされがちな国内競争
前回は日本と他国との外国人労働者獲得競争について見てきましたが、実は日本国内でも激しい人材争奪戦が繰り広げられています。外国人労働者にとって、「東京」と「地方都市」の違いは、時として「日本」と「他国」の違い以上に大きな意味を持つことがあります。
「うちは地方だから外国人は来てくれないだろう」と諦めている中小企業の経営者もいれば、「都市部じゃないから人件費を抑えられるはず」と安易に考えている経営者もいます。しかし現実は、そう単純ではありません。
最低賃金格差が生む現実
地域別最低賃金の現状
外国人労働者が日本で働く際に最も注目するのが、地域別に設定された最低賃金です。2024年10月に改定された地域別最低賃金を見ると、その格差は外国人労働者の選択に大きな影響を与えています。
主要地域の最低賃金(時給・2024年10月改定)
- 東京都:1,163円
- 神奈川県:1,162円
- 大阪府:1,114円
- 愛知県:1,077円
- 長野県:998円
- 新潟県:985円
- 全国最低額(秋田県):951円
この差は月収で計算すると大きな格差となります。(月160時間労働の場合)
- 東京都:186,080円
- 長野県:159,680円
差額:26,400円(年間約32万円の差)
外国人技能実習生の「東京への憧れ」
新潟県上越市で働く外国人技能実習生のAさん(24歳)は、来日前から東京への強い憧れを抱いていました。「私の国でも東京はよく知られています。渋谷、新宿、秋葉原…友人たちは皆、東京で働きたがっています。上越市がどこにあるか、来日するまで知りませんでした」
Aさんの月収は約18万円。一方、東京で働く同期のFさんは約22万円を稼いでいます。この4万円の差は、家族への仕送りを考えると非常に大きな金額です。「毎月家族に8万円を送金していますが、東京にいる友人は10万円送っています。その差で、弟の大学費用を賄えるかどうかが決まります」とAさんは語ります。
賃金以外の「都市部の魅力」
仲間とのネットワーク形成
外国人労働者が都市部を選ぶ理由は、賃金だけではありません。同国出身者のコミュニティの存在が大きな要因となっています。
東京の外国人コミュニティの例
ベトナム
- 新大久保周辺:ベトナム料理レストラン約50店舗
- ベトナム語新聞「ベトナムタイムス」の配布拠点
- ベトナム人向け就職相談窓口
- ベトナム語対応の病院、美容院
フィリピン
- 足立区竹ノ塚周辺:フィリピンパブ多数、フィリピン料理店・雑貨店
- 江戸川区小岩・大田区蒲田地区:フィリピン料理店、フィリピン食材を扱うスーパーマーケット
- カトリック教会:タガログ語ミサ、生活情報交換・子育て相談の場
長野県で働くBさん(26歳)は、「同国出身者に会うことがほとんどありません。困ったときに相談できる人がいないのが一番つらい」と話します。一方、東京で働くRさん(28歳)は、「毎週末、同国出身の友人と集まります。情報交換はもちろん、心の支えになっています」と対照的です。
宗教的配慮の重要性
特にイスラム教徒の外国人労働者にとって、モスクの存在は働く場所を選ぶ重要な要素となります。
日本国内のモスク分布の特徴
全国のモスク数は約113施設(2021年時点)で、首都圏や関西圏など外国人労働者の多い地域に集中しています。一方、地方都市では限られた数しかありません。
イスラム教徒のLさん(30歳)は、長野県の建設会社から内定をもらいましたが、最終的に神奈川県の会社を選択しました。「給与は長野の方が良かったのですが、毎日のお祈りを考えると、生活圏にモスクがある神奈川の方が安心でした。信仰は仕事と同じくらい大切です」
娯楽・文化施設の充実度
若い外国人労働者にとって、仕事以外の時間をどう過ごすかも重要な選択要因です。
都市部の娯楽施設の魅力
- 多言語対応の映画館
- 国際的なショッピングセンター
- 母国の食材を扱うスーパーマーケット
- カラオケ、ゲームセンターなどの娯楽施設
- 外国人向けのイベントやフェスティバル
外国人労働者のMさん(22歳)は、新潟県の介護施設で働いていましたが、1年後に東京の施設に転職しました。
「新潟の職場は人間関係も良く、給与も悪くありませんでした。でも休日にやることがなくて…東京なら友人と映画を見たり、自国料理でパーティーができます」
長野市・上越市の事例分析
長野市の取り組みと課題
長野県長野市は、人口約37万人の地方中核都市として、外国人労働者の確保に積極的に取り組んでいます。
長野市の現状(2023年12月末現在)
- 外国人住民数:約4,350人(長野県内で最多)
- 主要国籍:中国、ベトナム、フィリピンが上位3カ国を占める(長野県全体では中国(8,256人)、ベトナム(6,426人)、フィリピン(5,181人)の順)
-
- 主要業種:製造業(41.5%)、農業、飲食・宿泊業が多い
長野市のB社を経営しているA社長は、外国人労働者の確保に苦労しています。「技能実習生として3年間働いてもらった後、特定技能ビザで継続雇用したいのですが、東京の会社に転職してしまうケースが多い。彼らの気持ちもわかるんですが…」
B社の対策
- 技能実習期間中の月給を地域相場より3万円アップ
- 年1回の母国への帰省費用を会社が負担
- 日本語学習のための授業料を全額支援
- 社員寮の個室化と設備充実
これらの対策により、継続雇用率は以前の20%から60%まで改善しました。
新潟県上越市の取組み
上越市の現状(推定)
- 外国人住民数:約2,430人
- 主要国籍:中国、ベトナム、フィリピンが上位3カ国を占める
- 主要業種:製造業、サービス業、卸売業など
上越市のC社では、独自の取り組みで外国人労働者の定着を図っています。
C社の「家族的経営」戦略
- 社長自ら外国人労働者の日本語学習をサポート
- 外国人労働者の誕生日には全社員でお祝い
- 母国の正月時期には有給休暇を優先的に付与
- 冬期間のスキー場リフト券を会社が負担
C社で働く外国人労働者のSさん(25歳)は、「最初は東京で働きたかったけれど、ここの温かい雰囲気に魅了されました。社長さんは私の父親のような存在です」と話します。賃金や娯楽施設では都市部に劣る地方都市ですが、独自の強みも持っています。
地方都市の強み
- 人間関係の密度の濃さ
- 自然環境の豊かさ
- 地域住民との交流機会
- 車の運転技術習得の機会
上越市で働く外国人労働者のFさん(29歳)は、「東京の友人より月収は3万円少ないですが、家賃と生活費を考えると、実際の貯金額はほぼ同じです。それに、ここでは車の運転を覚えることができました。母国に帰ったときに役立ちます」と語ります。
成功する地方企業の共通点
総合的な魅力づくり
賃金だけでは都市部に勝てない地方企業が成功するためには、総合的な魅力づくりが必要です。
成功企業の共通戦略
- 人的魅力:経営者や先輩社員による手厚いサポート
- 成長機会:技能向上・キャリアアップの明確な道筋
- 生活支援:住居、買い物、病院など生活全般のサポート
- 文化的配慮:宗教、食事、習慣への理解と配慮
- 将来性:長期雇用への道筋と安定性
地域ぐるみの受け入れ体制
個々の企業だけでなく、地域全体での受け入れ体制構築も重要です。
長野市の地域連携事例
- 商工会議所による外国人労働者向け日本語教室
- 市役所での多言語相談窓口設置
- 地域住民向けの国際交流イベント開催
- 外国人労働者向け防災訓練の実施
この取り組みにより、長野市では外国人労働者の定着率が県平均より15%高い水準を維持しています。
まとめ – 地域競争に勝ち抜くために
外国人労働者を巡る地域間競争は、今後さらに激化することが予想されます。地方の中小企業が持続的に外国人労働者を確保するためには、以下の点が重要です。
成功のための5つのポイント
- 賃金以外の価値提供:人間関係、成長機会、生活支援
- 地域特性の活用:自然環境、文化、コミュニティの温かさ
- 長期的視点:一時的な労働力ではなく、地域の一員として迎え入れる
- 企業単独ではなく地域連携:自治体、商工会議所、地域住民との協力
- 継続的な改善:外国人労働者の声を聞き、制度を改善し続ける
次回の最終回では、これらの地域競争を勝ち抜いた企業同士の競争について見ていきます。同じ地域の中でも、なぜある企業は外国人労働者に選ばれ続け、ある企業は人材不足に悩むのか。企業レベルでの差別化戦略と成功事例について詳しく解説いたします。
事例、人物、企業等の設定はフィクションです。